大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(う)1230号 判決 1967年9月28日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

弁護人の控訴極意第一点について。

<省略>

弁護人の控訴趣意第二点について

論旨は、さらに、訴訟手続の法令違反を主張し、刑事訴訟法三二一条前段の規定は、反対尋問に代わるべき信用性の情況保障の要件を規定していないから、特に右規定の解釈において、これを要件としていると解しない限り、被告人の反対尋問権を保障した憲法三七条二項に違反して無効な規定であるのに、原審がこれについて格別な検討を経ることなく、斎藤治の検察官に対する各供述調書を右刑事訴訟法の規定により証拠に採用し、判決に援用したのは、その訴訟手続において明らかに憲法に違反するものであり、かりに、右規定が、解釈上、信用性の情況保障を規定しているとしても、右各供述調書の必要性および信用性の情況保障についての立証が充分でないのに、これを右規定に該当するとして、証拠に採用し、判決に援用したのは、右規定の解釈を誤つたか、あるいは、要件事実を誤認したものであつて、刑事訴訟法三二〇条一項に違反して証拠に供した違法があり、いずれにしても、以上の各訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

よつて、本件記録によると、原審が所論の書証を刑事訴訟法三二一条一項二号前段に該当するものとして証拠に採用し、これを原判示の事実認定に援用していること、および斎藤治が検察官の請求により原審において証人として尋問された際、本件公訴事実に関する重要な尋問事項につき記憶がないという理由で証言しなかつたため、被告人において、右の書証記載の同証人の供述につき反対尋問の機会を得られなかつたことは所論指摘のとおりである。しかし、憲法三七条二項は、裁判所が尋問すべきすべての証人に対して被告人にこれを尋問する機会を与えなければならないことを規定したものであつて、被告人に対してこのような審問の機会を与えない証人の供述には絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではない(昭和二四年五月一八日および昭和二七年四月九日最高裁判所大法廷判決参照)。刑事訴訟法は右憲法三七条二項に基づき、刑事訴訟法三二〇条一項において、伝聞証拠の性質を有する供述および書面を原前として証拠とすることを禁止したのであるが、真実発見という刑事訴訟法本来の目的を達するため、その例外を認め、刑事訴訟法三二一条一項各号は、伝聞証拠の性質を有する被告人以外の者の供述書および供述を録取した書面について、当該伝聞供述の内容となつているもとの供述をした者から重ねて公判準備または公判期日において証言を得ようとしても、やむことを得ない事由があつて、それができず、そのために被告人に反対尋問の機会を与えることができない場合には、その供述について、反対尋問を欠いても公正な手続に反せず、書面の性質上不信用の危険がないという信用性の情況保障がある場合に限り、これを証拠とすることができることとしたのである。刑事訴訟法三二一条一項二号前段の規定を右のように解するにおいては、右規定は憲法三七条二項に違反するものではない。そして刑事訴訟法三二一条一項各号は被告人以外の者の供述書および供述調書についてその証拠能力を認めるに当たり、その必要性と信用性の情況保障との軽重の程度をにらみ合わせてその条件を定めている。すなわち、検察官の面前における供述を録取した書面について、刑事訴訟法三二一条一項二号前段は、必要性を「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」と定め、次に、信用性の情況保障に関しては、同条一項二号が、その後段の「公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか、若しくは実質的に異つた供述をしたとき」には、同号但書に規定する「特に信用すべき情況」の存在を必要としているけれども、その前段の場合には、右但書の規定の適用がないことにしている。従つて、同号前段の書面に関する信用性の情況保障については、証拠法の一般的標準から考えて、その調書の形式、内容ならびに刑事訴訟法三二五条による任意性の調査と相まち、不信用の危険のないものであるかどうかを判定することになるのである。そして同法三二一条一項二号前段はその供述者が裁判所において証人として供述することができないときに例示的に列挙したものであるから、これと同様またはそれ以上の事由の存する場合も、これに含まれるものと解する。本件におけるように、斎藤治が原審法廷に証人として喚問されながら、尋問事項について記憶がないと述べ、記憶喚起のための尋問に対しても記憶がない旨繰り返すのみであつた場合は、被告人に反対尋問の機会を与えることができないことにおいては、右規定にいわゆる供述者の死亡、精神若しくは身体の故障の場合と何ら選ぶところがないから、前記公判期日において供述することができないときに該当するものと認める。次に、所論の書証は、検察官の面前において供述拒否権を告知したうえで供述を録取し、これを読み聞かせたうえ供述者が相違ないことを認めて署名押印したものであつて、その内容においても自然な供述がなされており、かつ、さきに控訴趣意第一点に対する判断の際説示したように任意性について疑をさしはさむ余地のないものであるから、その供述が不信用の危険がない情況下に作成されたものであると認められる。したがつて、原審が所論の書証を証拠として採用し、これを判決に援用したことについては何ら所論のような違法はない。論旨は理由がない。<後略>(山崎薫 竹沢喜代治 尾鼻輝次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例